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【アラベスク】  第13章 夢と希望と未来



第3節 直向の拗 [4]




「自分の進む道を勝手に決められるのは嫌だ」
「では、君は険しいくとも自分で道を選びたいと?」
 少し考え、聡は頷く。
 普通はそうだろう。誰だって、自分の人生を誰かに決められるのは嫌に決まっている。
 だが、躊躇ったものの結局は頷いた聡に、老人は目を細めた。
「自分の道は自分で決めたい。じゃが、事はうまくはいかない。君の悩みはそんなところかの?」
 ちょっと違う、かな。
 だが聡は否定はしなかった。無言のまま肩を落とす。そんな少年に老人はなぜだか少し嬉しそうにほほっと笑った。
「では君は、どんな道を進みたいのじゃ?」
「どんなって、別に進みたい道があるワケじゃないけど…」
 一瞬、周囲の空気が凍ったかと思った。陽が出ているとはいえもう冬だ。空気は冷たい。だが、そんな冷たさとは違った、もっと硬く、もっと暗い空気が漂ったかと思った。
 背筋に悪寒が走った。まるで何かに睨み付けられたかのよう。聡はギクッと肩を揺らし、老人を見下ろした。
 相手は、笑っていた。顎をさすりながら暢気な笑顔で聡を見上げていた。
「こりゃ、たまげたの」
 顎に当てていた手で、自分の頭頂部をポンッと叩く。
「夢もやりたい事も、進みたい道もない。じゃが進路を勝手に決められるのは嫌じゃ。そういう事か」
 聡は、言い返せなかった。
 老人の言い草は、まるで自分の悩みが理不尽な我侭でしかないと決め付けているかのよう。
 そうじゃない。
 反論したかった。だができない。
 やりたい事も、進みたい道もない。だが決められるのは嫌だ。
 その通りじゃないか。
 もう一人の自分が笑う。
 まったくその通りだよ。
「言い訳をしないのが、せめてもの救いじゃな」
「べ、別に俺はっ!」
 まるで老人に見下されているかのよう。お前の悩みなどくだらない。浅はかで我侭だ。悪いのはお前だ。
 そう責められているかのような気がした。
「別に俺は、我侭を言っているわけじゃない」
「ワシは我侭などとは一言も言っとりゃせんよ」
 ―――――っ!
 聡は立ち上がった。座ったまま見下ろす老人は笑っている。会った時から、ほとんど絶やさぬまま笑っている。
 嗤われている。
「俺は、自分の人生くらい、自分で決める」
 そうだ、進む道も、好きになる人も、俺は自分で決めるんだ。
「決められもしないクセに?」
「よく知りもしないアンタに好き勝手を言われ―――」
杣木(そまき)じゃ」
「は?」
「ワシの名前は杣木じゃ。アンタじゃないわい」
 その言葉には答えもせずに聡は背を向けて走り出した。背後から老人の笑い声が追いかけてくるような気がして、無我夢中で走り続けた。
 俺が我侭?
 脳裏で老人が笑う。
 俺が悪い?
 母が笑う。
 違う、そうじゃない。俺は自分の進む道くらい、自分で決められる。

「学生の悩みと言えば恋の悩みか進路の悩み。もしくは容姿の悩みくらいじゃからの」

 少なくとも、恋に関しては無責任じゃない。我侭でもない。そうだ、おふくろがあれこれと言う権利なんて無いんだ。
 俺が好きなのは、美鶴だけなんだから。
 脳裏にこびりつく老人の笑みを撥ね飛ばすかのように、聡は心の中で声を大きくする。
 俺は自分で決められる。責任を誰かに転嫁したりなんてしない。そうだ、少なくとも俺は、自分の恋心には責任が持てる。はっきりとした自信が持てる。だからこそ宣言した。
 春の校庭で、他の奴らが見ている前で、俺は堂々と宣言できた。後悔はない。恥ずかしさも不思議となかった。きっと、この気持ちに間違いがなかったからだ。
 夢も無い。やりたい事もない。進みたい道も無い。そんな俺の中で唯一確信が持てるとしたら、自信と誇りが持てるとしたら、それは美鶴。
 そうだ、美鶴だけだ。美鶴だけは確かな存在だ。絶対に、間違いなく必要な存在なんだ。
 自分の中で、唯一揺るぎのない想い。だから、手放すわけにはいかない。例え母が、周囲の人間が何を言おうとも、これだけは譲れない。美鶴は絶対に譲れないんだ。





 おもしろいモノを見せてやる。
 小童谷陽翔からそんな携帯メールをもらったのは夕方。
 今はもう夜。指定された時間の指定された場所。瑠駆真は両手をコートのポケットに入れて立つ。
 公民館の駐車場。煌々と照らされたアスファルトが冷たい。出入り口には鎖が掛けられ、車は一台もとまっていない。
 鎖。そう、死んでしまった母に心を繋ぎ留められてしまったかのような、不気味で虚ろで、でも激しく瑠駆真に詰め寄る少年。
 小童谷、何を考えている?
 息を吐く。明かりの下で、白く漂う。
 僕の携帯のメアドなど、どこで知ったんだ? 大方、柘榴石(ざくろいし)の連中にでも聞いたんだろう。
 小さく舌を打ち、辺りを見渡す。約束の時間から五分が過ぎた。遅刻だ。
 待たされるなんて癪だ。それ以前に、誘われて来てしまった自分にも腹が立つ。だが、美鶴の名前を出されては無視はできない。
【おもしろいモノを見せてやる。大迫美鶴も呼んである】
 美鶴も来るのか?
 試しに美鶴へメールをしてみたが、相変わらず無反応だった。
 何だろう? 嫌な予感がする。アイツと関わるとロクな事がない。美鶴、何か危害でも加えられていなければいいけど。







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